クラッシェンは、第二言語習得に関する5つの仮説を立てました。
①習得学習仮説:無意識に身に付く習得と意識して行う学習があるよね。
②自然習得順序仮説:第二言語を習得する順序は皆同じっす。
③モニター仮説:学習で得られた知識で習得したものが正しいかチェックしましょ。
例)「昨日、ラーメンを食べます、あ、食べました」
④インプット仮説:ちょっとだけレベルが高いインプットで習得が進むのよ。
⑤情意フィルター仮説:不安になると取り込めるインプットの量が減るからね。
例)心配事があると相手の話が頭に入ってこない。
クラッシェンの5つの仮説をまとめて、モニター・モデル(モニターモデル)、インプット仮説、インプット理論などと呼びます。
習得・学習仮説とは?
習得学習仮説では学習によって得られた知識は習得された知識には転化しない(平成30年度日本語教育能力検定試験Ⅲ問題10問1)と考えます。
クラッシェンは、幼児が母語を習得するときのように自然に学ぶことを「習得(acquisition)」とし、教室で意識的に学ぶ「学習(learning)」と区別しました。
「習得」された知識と「学習された」知識は別々に蓄積され、「学習」された知識は「習得」された知識につながらず、自然なコミュニケーションでは役に立たないとするノン・インターフェイス仮説を唱えました。一方、明示的に学習された知識でも繰り返し使うことで、自動化され、使えるようになる(自動化モデル)とする考えかたをインターフェイス仮説といいます。
習得・学習仮説の具体例
習得の例
・大阪に住んでいたら自然に話すようになった大阪弁
学習の例
・学校で習った英語
習得・学習仮説への批判
習得学習仮説へは以下のような批判があります。
・習得と学習の認知的な情報処理の違いについて実証されていない。
・習得と学習は明確に分けられるものではない。
自然習得順序仮説とは?
自然習得順序仮説とは、文型の習得には普遍的な順序があり、易しいものから難しいものへと段階的に習得していくという仮説。言語の習得には自然な順序があり、その順序を変えることはできないとする仮説。
自然順序仮説とも。
🌱 自然習得順序仮説の概要:
第二言語の文法規則は、学習者の母語や学習環境に関係なく、ある一定の順序で自然に習得されていくという仮説です。
つまり、
- 学習者は文法項目(たとえば「三単現のs」「過去形」「複数形」など)を、教師が教える順番とは異なる順番で身につけていく。
- この順序はある程度**普遍的(universal)**であり、子どもでも大人でも、言語や文化の違いに関わらず、共通するパターンがあるとされます。
🧠 具体例(英語学習での研究):
クラッシェンらの研究によれば、英語学習者(英語が第二言語の子どもたち)は、次のような順序で文法を習得する傾向があるとされました:
- 現在進行形(be + -ing)
- 複数形の-s
- 不定冠詞(a, an)
- 過去形の-ed
- 三単現の-s(He eats.)
- 三人称主格(he, she, they)など
※この順序は教師がどれを最初に教えたかとは関係なく、自然にこの順で使えるようになることが多い、という意味です。
🧩 意義と影響:
- 教授順と習得順が一致しないため、「教えたのに使えない!」という現象は自然なこと。
- 指導者や教材開発者は、「この文法を今教えても、まだ使える段階じゃないかもしれない」という認識を持つ必要がある。
- そのため、**「たくさんのインプット」と「焦らない姿勢」**が重要だというクラッシェンの他の仮説ともつながっています。
🎓 日本語教育との関連:
- 日本語学習者でも、たとえば助詞の「が」「を」「に」などを混同しながらも、ある一定の順序で安定して使えるようになる傾向が見られます。
- よって、教える側が「習得順序」を意識しながらインプットを設計することが効果的だとされます。
モニター仮説とは?
「学習」で身についた知識は、自然なコミュニケーションでは役に立たず、自分の発話をチェック(モニター)する機能しかないとする仮説。
クラッシェンによると、第二言語の能力には次の2種類の知識が関与しています:
- 習得(acquisition)
自然な言語習得過程(インプットに基づく無意識的な獲得) - 学習(learning)
文法の明示的な学習やメタ認知的知識の獲得
モニター仮説は、「学習」は言語の使用をモニター(監視)する役割しか持たないと主張します。
■ モニター機能の3条件
クラッシェンは、「学習」された文法知識がモニター(修正・確認)として機能するには、次の3つの条件が必要だと述べています:
- 時間的余裕があること
発話の前にゆっくり考える時間がある - 焦点が形式(form)にあること
意味ではなく、文法の正確さに注意が向いている - 正確なルールを知っていること
適切な文法知識が頭に入っていること
【モニター仮説に対する批判】
モニター仮説は言語教育界で大きな影響を与えましたが、多くの批判や疑問もあります。以下に代表的な批判を紹介します。
① 「習得」と「学習」の明確な区別の曖昧さ
- 批判者(例:Gregg, 1984)は、「習得」と「学習」を心理学的に区別する明確な根拠がなく、実証が困難であると指摘。
- 両者は連続的なスペクトルであり、明確に分けられるものではないという立場も。
② モニターの使用範囲が過小評価されている
- 一部の研究では、熟練した話者が実際には自動化された「学習知識」も運用していると示唆。
- 例えば、文法的知識が発話に活用されている事例も観察される。
③ 産出の重要性の軽視
- クラッシェン理論全体に共通する批判として、「理解可能なインプット」に重点を置くあまり、「アウトプット(発話・作文)」の役割が軽視されているという声がある(Swain, 1985の出力仮説など)。
④ 現実の教育現場での運用の困難
- 学習者が常に3条件を満たすことは難しい。特に会話のような即時応答が求められる状況では、「モニター」は現実的に機能しづらい。
- 実際には学習された知識を使って徐々に自動化していく過程も存在する(Skill Acquisition Theoryなど)。
インプット仮説とは?
学習者に理解可能なインプット(現在のレベルより少し高いレベルのインプット(i+1のインプット)が「習得」には必要とする仮説。「習得」はインプットを理解することによってのみ起こり、話すこと(アウトプット)は必要ないとする。
■ インプット仮説の概要
定義:
言語を習得するためには、**「i + 1」の理解可能なインプット(comprehensible input)**を受け取ることが必要である。
- i:学習者の現在の言語能力レベル
- +1:その少し先のレベル(ちょっとだけ難しい)
つまり、学習者が「少し難しいが理解できる」レベルの言語を大量に受けることで、自然に言語能力が伸びていくという考え方です。
■ ポイントとなる特徴
- 言語習得は理解から始まる
学習者が理解できるインプットを聞いたり読んだりすることで、言語の構造や語彙が徐々に内在化される。 - 文法の明示的な学習は不要
クラッシェンによれば、文法の練習や暗記によって言語は「習得(acquisition)」されない。 - アウトプットは習得の結果であり、原因ではない
つまり、「話せるようになるためにはまず十分なインプットが必要」という立場。 - インプットは自然な文脈で行われることが望ましい
教科書的な文ではなく、興味深く意味のある会話やストーリーなどが理想。
■ 教育への応用例
- 絵本やマンガ、ドラマ、ナチュラルな会話などを通じて理解可能なインプットを増やす。
- 教師は**「少し先のレベルの表現を使いつつ、身振り・表情・イラスト」などでサポートする。
- 文法の解説よりも、意味のあるやりとりを重視。
■ 批判・限界
- アウトプットの役割を軽視している:Swainの「アウトプット仮説」では、話すこと自体にも学習効果があるとされる。
- i + 1 の具体的な定義が曖昧:実際の授業でどの程度が「ちょうどよい難しさ」なのかを判断するのは難しい。
- 情意的要因が影響する:興味や不安などの心理的要因によって、同じインプットでも効果が異なる(→情意フィルター仮説)。
情意フィルター仮説とは?
情意フィルター仮説とは、どんなに理解可能なインプットがあっても、学習者の動機づけが引く低かったり、強い不安を感じていたり、自信がなかったりすると、情意フィルターが高まり、習得が起こらないとする仮説。
【情意フィルター仮説の要点】
■ 基本的な考え
- 言語習得において、理解可能なインプット(i+1)が与えられても、
- 「情意フィルター(Affective Filter)」が高いと、そのインプットが脳に届かず、習得が妨げられる。
■ フィルターを高める要因
以下のような感情が強いとき、情意フィルターが「高く」なり、インプットが遮断されやすくなります:
- 不安(anxiety)
- 動機づけの低さ(low motivation)
- 自信のなさ(low self-confidence)
- 恥ずかしさや緊張感(fear of making mistakes)
■ フィルターが低いと…
- 学習者がリラックスし、安心しているときにはフィルターが「低く」なり、
- インプットが自然に処理され、言語習得が促進されるとされます。
【教育的な含意】
- 「楽しく、安心できる学習環境を整えること」が、効果的な第二言語教育の鍵であるとされます。
- 教師の態度、教室の雰囲気、学習者間の関係性が重要。
【批判・限界点】
■ 測定が困難
- 「情意フィルター」の高さ・低さを客観的に測定することが難しいため、科学的な証明に限界がある。
■ 因果関係の不明確さ
- 言語習得が進まない原因が「情意フィルターが高いから」とするのは、説明になっていないとの批判もあります。
- 実際には、言語力が低いから不安になるという「逆の因果関係」も考えられる。
クラッシェンのインプット仮説でやりたい過去問
・令和6年度日本語教育能力検定試験Ⅲ問題11問1
・令和3年度日本語教育能力検定試験Ⅲ問題10問1【情意フィルター仮説の説明】
・令和元年度日本語教育能力検定試験Ⅰ問題10問5【情意フィルター仮説の説明】
・平成30年度日本語教育能力検定試験Ⅲ問題10問1【モニターモデルで主張されていることは?】
・平成29年度日本語教育能力検定試験Ⅰ問題9問5【自然習得順序仮説の説明】
・平成25年度日本語教育能力検定試験Ⅰ問題8問5【学習者の不安が高いと第二言語習得が阻害されるとする仮説は?】→情意フィルター仮説
・平成25年度日本語教育能力検定試験Ⅰ問題10問1【クラッシェンの「意識的に学習された知識」に対する考え方とは?】問2【「インプット仮説」で習得につながるとされているインプットとは?】
・平成23年度日本語教育能力検定試験Ⅰ問題4問3【ナチュラル・アプローチの理論的背景となったモニターモデルの仮説として不適当なもの】